お母さんに謝ろう

1年前くらいに、そんな話が浮上しました。
もうかれこれ6年近く、実家に帰省せず、連絡も取らず。絶縁状態で5年くらい経過した頃ですかね、ケータイに実家の番号からの着信が。
絶縁して1年くらいは、着信があったんですよ。まぁ一切出なかったので、その後向こうも諦めたのか、連絡もなくなったんです。そんなもんで、数年ぶりの着信。出ませんでしたが、遂に死んだか倒れたか?と思いましたよね。
でも死んだか倒れたかしたら、別ルートから連絡が来るはずなので、多分違うなと。
そこで、姉に連絡してみたんです。姉も同じように両親と絶縁中なので。そしたら姉はやはり何事か、と思い、応答したようなんです。
そしたら父親からの電話で、久々に私含め四人で会わないかと。姉は動揺していたため、またかける、と伝え、私に連絡してきて、こういうわけでどうする?という話になったんです。

両親も高齢、これから誰が面倒みるのか、健康状態はどうなのか、どういう暮らしをしているのか、全くわからないわけです。我々も良い大人。今後を考えたら会った方が良いのかな、1人で会うのは無理だけれど、二人ならなんとかなるかな、という意見で合致。二人で予定を合わせ、この日にしようと決め、姉が連絡することとなりました。

そして姉が父親へ連絡。
結局、会うことはなくなりした。
その理由は、父親の設定した会う目的が、我々と父親が母親に謝る、という体だったからです。

謝る?なぜ??

私は直接話したわけではないからわからないですが、父親の考えでは、母親はずっと苦労してきた、と。一家を支えるために生活を切り詰め、自分のやりたいことを我慢して、我々を大学まで行かせた、と。だからもう晩年となり、その苦労を労うために、謝りましょう、と。

はい????

謝る、というのは、悪いことをした人がするものですよね。
我々は、小さい頃から母親に罵倒され怒鳴られ、父親及び父親の実家の悪口を延々と聞かされ、毎日毎日、母親の怒鳴る声が響き渡る家で生活してきました。自己肯定感、安心できる場所、自分を認めてくれる存在、無償の愛をくれる人、そんなものを一切与えられないままに育つこととなったわけです。
そんな環境を作り出した人に謝ろう、と。

もうね、諦めました。父親もどうしようもない人間だったわけです。我々がどんなに怒鳴られたって、罵倒されたって、一切守ってくれなかったのは、そういうわけです。

彼らには死ぬまで会いたくないし、一切関わりたくない。どこまでも残念な親達でした。
親に望むことは、我々に迷惑をかけずに、命を全うしてください、それだけですね。
ちゃんちゃん。